それは金曜日の深夜、一週間の仕事を終えてようやく自宅でリラックスしていた時の出来事でした。寝る前にトイレを済ませようと中に入り、いつも通りドアを閉めました。用を足し、さあ出ようとレバーハンドルに手をかけた瞬間、嫌な感触が手のひらに伝わりました。レバーがスカスカと空回りし、ドアの向こう側で動くはずの金属の感触が全くなかったのです。最初は単なる操作ミスかと思い、何度もレバーを上下に動かしましたが、ドアは一向に開く気配がありません。その時、私の背中に冷たい汗が流れました。私は今、わずか一畳ほどの空間に完全に閉じ込められたのだと理解したからです。 独り暮らしの部屋、時刻は午前二時。もちろんスマートフォンはリビングのテーブルに置いたままです。トイレには窓もなく、あるのは換気扇の低い唸り声と、予備のトイレットペーパーの山だけでした。私はまず、ドアを激しく叩いて隣の部屋の人に聞こえるように叫びましたが、深夜ということもあり、壁の厚いマンションでは私の声はどこにも届いていないようでした。次第に呼吸が荒くなり、酸素が足りなくなっているような錯覚に陥りました。狭い空間で出口を失うということが、これほどまでに人間の精神を削るものだとは思いもしませんでした。 何時間経過したか分からない頃、私はトイレットペーパーの芯を平らに潰し、ドアの隙間に差し込んでラッチを押し込もうと試みました。指先が痛み、爪が剥がれそうになりながらも必死で格闘しましたが、ラッチは頑として動きませんでした。絶望に打ちひしがれ、便器の蓋に座り込んで朝日を待つことにしました。幸い、翌日は友人と昼食の約束がありました。もし私が約束の時間に現れず、連絡も取れなければ、誰かが部屋に来てくれるかもしれない。その微かな希望だけが、私を正気につなぎ止めていました。 結局、私が救出されたのは土曜日の午後になってからでした。約束を破った私を心配した友人が、管理会社と警察を呼んでくれたのです。ドアの外側から非常解錠を試みても開かなかったため、最終的に鍵業者が特殊な工具でラッチを破壊してくれました。扉が開いた瞬間、リビングから差し込む日光が眩しくて涙が出そうになったのを覚えています。原因はラッチ内部の金属疲労による破損でした。外側からはノブが回っているように見えても、内側の部品が脱落していたため、物理的に開けることが不可能になっていたのです。 この経験をしてから、私は家の中でも常にスマートフォンを持ち歩くようになりました。また、トイレのドアノブが少しでも重いと感じたら、すぐに交換する習慣をつけました。あの時感じた、世界から切り離されたような孤独と恐怖は二度と味わいたくありません。家の設備は永遠ではないという当たり前の事実を、私はトイレという密室の中で、身をもって学んだのです。もしあなたが今、トイレのドアに違和感を感じているなら、それを放置しないでください。それはあなたの自由を奪う予兆かもしれないのですから。
閉鎖空間に閉じ込められた恐怖の記録